2016年12月28日

「年越しそば」は博多が始まり、ご存知でしたか?


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以下、「博多の魅力」より要約掲載
<鎌倉時代の高僧、聖一国師は仁治2年(1241年)に中国での修行から帰国した際に、今まで日本になかった画期的な製粉技術を持ち帰りました。
聖一国師は博多に承天寺を開山しましたが、ここから全国にうどん・そばの粉物文化が広まって行きました。
承天寺には「うどん・そば・饅頭発祥の地」の石碑が立っています。
また年末に謝国明(博多の貿易商、承天寺の建立に尽力)が博多の町民に
そばをふるまったところ、翌年は多くの人に福が来たことから「福そば」として定着し、
これが「年越しそば」の始まりと言われています。>
この他、これも博多ですが、大晦日に貧しい人に施していたから年越しそば、という話しもあります。
ご存知でしたか?年越しそばの始まりは博多でした。

ところで話は変わって博多商人の(一般的?)年末の習慣ですが、
大晦日、店が終わると博多駅近くにある若八幡宮でお祓いを受け、一年を感謝して今年を終わります。
このため若八幡宮は年が変わる深夜まで賑わっています。
(若八幡宮は年が明けると休みです。元旦が休みの神社は珍しいと思います。)
http://fu-honpo.com/article/170602537.html
皆様、良いお年を。

posted by ふうちゃん本舗 at 09:43| 店主敬白

2016年12月23日

若い人は知らない、もう一つのクリスマス


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(巨大なツリーのクリスマス: KITTE)

(キリスト教の方には失礼なことを書くことになりますがご容赦下さい)
今はどこでも“真面目な”クリスマスとなっていますが、
と言うのも、ちょっと前までは“クリスマス”とはクリスマスイブまでのことで、
25日は年末大売り出し商戦の開始日でした。

これには「初めて日本に来た時、すごいカルチャーショックを受けた。イブまではアメリカの雰囲気と同じだった。しかし翌日はクリスマスのクの字もなかった。」とある番組の中でアメリカ人が話していました。

私が小学生の頃は、クリスマスとはバーとかキャバレーのお祭りのことでした。
当時は小さい都市にもキャバレーがあり、クリスマスが近づくとおやじ達は赤とか銀色の三角帽子をかぶって、そこでドンチャン騒ぎをしていました。
クリスマスとは“西洋式忘年会”の感覚だったと思います。
それが1964年東京オリンピックの頃だったと思いますが、ファミリークリスマスとか言われ始め、家族そろってケーキを家で食べるようになりました。

ところで家を離れて1人暮らしの時を思い出しますが、
“クリスマスイブ”の翌日、店に行くと多くの売れ残りケーキが破格値で売られていましたので買って帰り、これがボンビー生活には貴重なカロリー源となりました。
当時のケーキは生クリームなど使っていませんでしたのでコタツしかない寒い部屋で結構日持ちしました。
クリスマスはこんなことを思い出します。

posted by ふうちゃん本舗 at 11:25| 店主敬白

2016年12月18日

村上春樹ノルウェイの森とクリスマス


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(Carettaのクリスマス)

飛行機がドイツの空港に到着して、BGMから流れて来たビートルズのノルウェイの森を聞いてフラッシュバック、
大丈夫ですかと客室乗務員から声を掛けられたことから始まる村上春樹さんの小説ノルウェイの森。
古い話なのでご存知の方は少ないと思います。

当時読んだ時の正直な感想は、主人公の人生を羨ましく思いました。
いくら小説とはいえ、自分にはなかったものだったからです。
自分が送って来た平々凡々の人生はそれはそれで良かったのですが、疑似体験から得られたこんな人生も良いなあと思ってしまいました。
普通は年をとってから若い頃を振り返るものですが、このノルウェイの森は10数年程前を振り返らせるものでした。

ところで話は変わりますがこの小説ノルウェイの森、
年末にかけての販売だったのでクリスマスを意識して赤と緑の装丁になりました。
(記憶では、プレゼントにも使ってもらえるようにした、みたいなことを出版社が言っていた)
上巻全体が(カバーも表紙も)真っ赤、下巻の全体が濃いグリーン。
後にも先にもこんな強烈な装丁はないと思います。
赤と緑、ご存知ですが赤はキリストが流した血の色、緑はエバーグリーン=永遠の生命を表しています。

村上春樹さん、残念ながら今年もノーベル文学賞を逃しました。
「今年こそは」と騒いでいる間の受賞はないのでは。
街の花やさんには赤と緑の色をしたポインセチアが並んでいます。
この色を見ながらこんな昔のことを思い出しました。

posted by ふうちゃん本舗 at 09:33| 店主敬白

2016年12月13日

糸島半島のカキ小屋、福岡の冬の風物詩

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すっかり福岡の冬の風物詩となりました。
福岡市内から西へ車で約1時間、糸島半島のカキ小屋が賑わっています。
船越漁港と岐志漁港が有名です。
「小屋」と言っても大きなテント張りで、10軒ほどが並んでいます。

小屋内は一見空いているように見えますが実は予約で満席になっています。
店としては予約が入っているとその前には客を入れませんので。
休日は福岡市内からの一般客、平日はツアーの大型観光バスが来ます。
こんな状態ですので、事前に予約しておくか1時間位待つつもりで。

店は同じ漁協の組合員がやっていますので基本的なものは変わりませんが、店によってサイドメニューが違います。
カキ、サザエ、その他の新鮮な魚介類をたらふく食べても2000円/人程度ではないかと思います。
ところでカキの価格だけは漁協間で統一していて、今年は1Kg1000円で販売です。

焼くテーブルは5〜6人席になっていますが、少人数でも断られることはありません。

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(空き席に見えるが予約で満席)

posted by ふうちゃん本舗 at 10:02| 店主敬白

2016年12月08日

田舎に移住して年金暮らし、それなりの自覚も必要


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今まで都会暮らしをしていた人が、空気の良い田舎でのんびり自給自足生活でもと暮らし始めるものの、大半はその地域に馴染めず1年以内にまた都会へ戻って行くそうです。
九州に住んでいる者なら同じ九州のどんな辺ぴな町村に行こうが挫折することはないと思いますが、これが関東圏から田舎への移住となると強ち嘘ではないと思います。

都会暮らしと大きく違って来ることは何でしょう。
先ず、個人主義は許されません、地域作業とか集まりごとには必ず参加しないと信用を失います。
神事とか選挙には思想信条に関係なく従わなければなりません。
昔から引き継いできたことに都会の合理性を持ち込んではいけません。
公共の場では、まだ「女は下働き」という考え方が強いです。
それからプライバシーはいつのまにか筒抜けになっています。

考える良い例として敬老祝賀会の集まり。
来ている老人はここで生まれて、一緒に遊んでいた昔からの友だちです。
そしてそれを世話しているのがこれらの人によって育てられた子供、孫たちです。

このような地域共同体:ムラ社会が古い昔からありますから、今からその中に入って行くのは苦手な人には苦労が多いことになります。
こんなことを受け入れた上で2〜3年間生活できれば信用され馴染めるでしょう、と思います。
それでも地域に関わりたくなく田舎生活をしたかったら会社管理の別荘が良いそうです。

posted by ふうちゃん本舗 at 20:46| 店主敬白

2016年12月03日

もし昔に戻れるとしたら、やり直したいですか?


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今思うと本当にバカでしたが、東京に行ったら田舎者に見られたくないという気がありました。例えば地図を持ってうろうろするのは恥ずかしいと思っていて、地下鉄などは丸暗記していました。しかしこの時のお陰で今も殆ど迷わなくて目的地に行けるようです。

近頃は東京に行く機会は非常に少なくなりましたが、行って時間が空いたらぶらぶらするようにしています。人の流れには乗らない、できるだけきょろきょろする、今は恥じることなくお上りさんになっています。
ゆっくり見て歩くといろんなものが見えて、今まで数多くの機会があったのに無駄に捨てていたなあ、勿体なかったなあと思います。

ところで本題、昔に戻れるとしたらやり直してみますか?
私は全く戻る気がしません。
戻ってもまた同じことを繰り返すと思いますので。

それよりも新しい来世に掛けてみませんか。但し、一か八かの大博打ですが。
しかし博打でも数学的には数多くこなして行けば50/100には近づきます。
つまり良い生活もあれば悪い生活も体験できるということで、来世はバラエティに富んだ生活を楽しめます。
でもそれまで地球に住めるかどうかは保証できませんが。
火星にみんな移住しているかも。住むかもしれない火星の風景はこちら(今の実際の画像)
http://www.nasa.gov/mission_pages/msl/multimedia/gallery-indexEvents.html


(ユネスコ無関係の)記憶資産http://blog.goo.ne.jp/photo/351515

(無関係)記憶資産 続きhttp://blog.goo.ne.jp/photo/363389



posted by ふうちゃん本舗 at 23:55| 店主敬白